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イスラーム文化 その根底にあるもの 2

【イスラーム文化 その根底にあるもの】を今、半分以上読み、僕のイスラームに対する理解はますます混迷の度を深めていますが、後半が【根底にあるもの】の核心部分のようなので楽しみです。
で、昨日の日記の続きで【イスラーム文化 その根底にあるもの】の「前書き」で「僕と同じことを考えている!」と思った部分です。
【人類全体が、現在、地球的規模で統一化への道を進みつつあることは、いまや誰の目にも明らかな事実であります。・・・
簡単に言えば異文化間の対立、激突、ということ。・・・
そこから必然的に生じてくる人類の文化的危機をわれわれは現に身をもって経験しつつあります。
カール・ホッパーによりますと、各文化は、それなくしては独自の文化として自己を保持することのできない構造的枠組を本来的にもっている。この枠組は思想、感情、行動についてのいくつかの重要なカテゴリーの構成する内的構造体であって、それがその文化の成員のものの考え方、感じ方、行動の仕方をあらかじめ決定する、というのであります。・・・
文化的枠組相互の間にトーマス・クーンのいわゆる不可共約性が必然的に成立する以上、狭い世界空間内部における多くの異なった文化の共存が人間存在をどれほど深刻な危機に引きずりこもうとしているのか、実に想像もつかないほどであります。人類の将来を危うくし、全人類文化を破壊にまで導きかねない危機で、それはあるのです。】
僕は「戦争はすべて宗教戦争」と考えています。
太平洋戦争も、ベトナム戦争も、湾岸戦争も、全てです。
もちろん経済的理由も戦争の要因を持ちますが、武器を持って戦う程の重要性はありません。
武器を持って戦う必要性は、国家(民族)のアイデンティティ(存在理由)つまり生きることの意味に関わる重要な事柄だからです。
人は別の共同幻想(文化、宗教、価値観、倫理観)を理解不能な(又は存在をゆるせない)生き物です。
それが、共同体のそれまで存在の意味(理由として立脚していた基盤)を否定する(消失させる)行為だからです。

◎今日のお買い物

・平民食堂代(ナス炒め+竹の子と豚肉の煮物+野菜のスープ+ご飯1皿)=12.000ドン(約72円)

・さとうきびジュース×2個=4.000ドン(約24円)
  1. 2009/04/22(水) 00:19:27|
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イスラーム文化 その根底にあるもの

今日は、また本を返しに行って、また別の本を借りてきました。
井筒俊彦著【イスラーム文化 その根底にあるもの】と土居健郎著【「甘え」の構造】です。
イスラム教は僕が今、一番興味のある宗教です。
イスラム教は世界三大宗教の中で、もっとも厳格な行動規律を持ちます。
イスラム教の旅客機のパイロット達は、たとえ運行中でも、時間になるとメッカに向かいヒザまずいてお祈りをします。
イスラム教に、なぜ興味を持ったかというと、イスラム教がアメリカで信者を少しずつ増やしているという話を小耳にはさんだからです。
僕には「ブタ肉を食べてはいけない宗教」が、存在することすら信じられないのに更に信者を増やしているなんて、簡単に納得できる話ではありません。
イスラム教が、僕にとって今、一番「なぜ???」の多い宗教だからです。
それで、【この本】(イスラーム文化 その根底にあるもの)を借りて来た訳ではありません。
今日は、ユートピア・カフェで食事をしようと思ってテーブルに着くとテーブルの下に【この本】が置いてあったからです。
もっと正確に言うと、豚キムチ定食を食べながら、何気なくテーブルの下にあった【イスラーム文化 その根底にあるもの】の「前書き」を読んで、「この人は僕と同じことを考えている!」と思ったからです。
(明日、今日の日記の続きを書きます。)

◎今日のお買い物

・豚キムチ定食=85.000ドン(約510円)

・鯛焼きアイス=17.000ドン(約102円)

・ホットドックのウインナー4本組×2個=39.800ドン(約239円)

・レンタル本×2冊=20.000ドン(約120円)

・さとうきびジュース=2.000ドン(約12円)

・LEMON GREEN TEA=9.000ドン(約54円)

・チャーハン=9.000ドン(約54円)

・肉まん×2個=13.000ドン(約78円)

今日は、ユートピア・カフェで食事をしようと思い「メニュー」を見せてもらうと、しっかりと金額が書いてありました。
以前「メニュー」を見てカツ丼を頼んだ際に金額が分からなくて聞いたことがあり、日記で「メニューに値段が書いていない」と毒づいたのですが、僕の勘違いだったのか、「メニュー」を新しく代えてもらえたのかもしれません。
  1. 2009/04/20(月) 00:37:01|
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「このすべてを憎んでいる」

一昨日の日記に、突然カーツ大佐が出てきたのですが、それは-たぶん僕が今、立花隆氏の「解説−地獄の黙示録」を読んでいるからです。
コッポラ監督は79年カンヌ映画祭の記者会見で「これはベトナム戦争についての映画ではありません。これがベトナム戦争です。・・・本当にクレージーな戦争でした」と語っています。
「地獄の黙示録」にある狂気と恐怖がベトナム戦争そのものだという意味でしょうか。
映画では、カーツ大佐を神とあがめるカンボジアの山岳間民族をひきいて北ベトナム軍と戦っているという設定になっていますが、
立花隆氏は[現実のベトナム戦争において、カーツ的発想に立って、カンボジアの奥地で隠密作戦(山岳間民族を組織してのホーチミン・ルート分断作戦)を本当に展開した部隊がいた。CIAの特殊作戦部隊である。]と書いています。
また、[コッポラはくり返しこの映画はモラルの問題であり、かつ偽善の問題であると語っている]と書いています。
「地獄の黙示録」は、コンラッドの「闇の奥」を下敷きしてに作られていますが、立花隆氏は[コンラッドのカーツは国際蛮習協会から蛮習防止のために資するような報告書を書くことを求められていた。それをカーツの死後発見して読んでみると、燃えるような崇高なことばで、実に雄弁にもっともらしい理想主義的言辞が書きつらねられていた。が、その最後のページに、ふるえる手で、”やつら野蛮人を根こそぎ抹殺せよ”と書き加えられていた。・・・野蛮人を皆殺しにして根絶することだけが、蛮習防止の唯一の方法であると考えていたのだ。]と書いています。
「地獄の黙示録」の中で、収容所のいたいけな子供達に米兵が予防接種をしたところ、すぐ後にベトコンがやってきて、子供達の腕を片はしからバサバサ切り落として、切った腕を山のように積み上げた話が出て来ます。
善意も偽善も、通用するのは善意という同じ価値観を持つ共同体の中だけです。
アメリカ軍は子供達の命を守ろうとして予防接種を行い、ベトコン達も子供達の命を守ろうとして腕の山を築いたのです。
この悲劇は、お互いが無知である(無知であることを知らず、知っていると考えている)ことに起因すると僕は思います。
立花隆氏は腕の山の話の後、[カーツの行動の原点は、そのとき声をあげて泣くとともに、「ダイヤモンドの弾丸で額を貫かれる」ように得たという認識にある。]と書いています。
カーツ大佐は、この時に背筋が凍るような戦慄と良心の恐怖を友としなければ戦争に勝つことはできないことを悟ります。
「ベトコンはそれができているが、自分たちはできていない。だから彼らのほうが強い」と確信します。
そしてカーツ大佐は「自分が何よりも憎悪するのは、ウソの放つ悪臭だ」と言い、何を思ったのか軍中央に反抗してカンボジア奥地に独立王国を築きます。
カンボジアへ独自に進行したカーツ大佐に対してCIAはウィラードに極秘命令を出します。「分かってるだろうが、この任務は存在しない。現在も未来も」というカーツ大佐の暗殺指令です。
「私を殺す権利はあるが、私を裁く権利はない」というカーツ大佐に、ウィラードは、カーツ大佐が「私を裁く心を持たずに極端なる偏見をもって私を殺せ」といっているのだと考えます。
「君が私を理解するなら、君がやってくれ」というカーツ大佐に、ウィラードは「おれが苦痛をとり除くのを彼は待っていた」と感じます。
画面に「これで私は少佐に昇格する。しかし私は陸軍にはもういない。」というスーパーが流れます。
ウィラードが軍に戻らないということはCIAの指令だからではなく、自分の意志でカーツ大佐を殺したという意味です。
立花隆氏は[カーツは戦争の持つ論理の化身である。将軍達から偽善の衣をはぎとればカーツになる。ウィラードは自分自身の自由な意思と決断においてカーツを殺したのである。彼は王の持っていた論理を乗り越え、道徳的判断力の行使によって王殺しの決意をととのえる。あの泥沼における決意のシーンは、彼が人間として持つ精神力と意思のすべてを終結し決断を下す場面といってよいだろう。]と書いています。
そして、[戦争のための殺戮という、目的の公益性は手段を浄化しなかったのである。だからカーツは自分がやっていることをすべて憎むようになり、誰かに殺されたいと願うようになったのである。]と書いています。
また「地獄の黙示録」は、ここに書いたような単純な話だけではなく、アメリカ人が持つエディプス・コンプレックスをテーマの一つにしています。

◎今日のお買い物

・平民食堂代(ナスの煮物+豚肉の炒め物+野菜のスープ+ご飯1皿+バナナ1本)=12.000ドン(約72円)

・さとうきびジュース×2個=4.000ドン(約24円)
  1. 2009/04/19(日) 23:54:36|
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和の概念

先日に書いた聖徳太子の十七条憲法の第一条の始めは「和を似て貴しとなす」の誤りだそうです。
僕にとって、コレくらいの間違いは、意味が間違っていない限り重箱のスミみたいなものです。
この十七条憲法は日本人が持つ共同幻想(日本教)の日本で始めて明文化された「経典」と言えると思います。
多くの日本人が無意識であるがゆえに強固に信仰する「日本教」は、密教のように「経典」が存在しません。
日本で生活している限り、あまりにも自明のことの為に、わざわざ文字(言葉)にして表現する必要がないからです。
ここで重要だと思うのは聖徳太子が「和」という概念に気付き「貴しとなす」という言葉(文章)に表したことです。
ニュートンによる「万有引力の法則の発見」は「重力の発見」という言い方がありますが、ニュートンが重力を発明し、作り出した訳ではありません。
重力は、はるか昔から地球上に存在し、ニュートンが生まれる以前からリンゴは木から落ちていました。
ニュートンが”発見”したのは「重力」ではなく、「万有引力」という”言葉”です。
なぜ、ニュートンはそれまでに存在しなかった”言葉”を”発見”できたのでしょう?
ニュートンが地球上の「重力」”以外”の「重力」の存在(太陽系の惑星の運動等)を想定できたからです。
差異(それ以外)のないところに文字(言葉)や法律は存在しません。
自明のこととして持っている事柄を、わざわざ文字(言葉)にして表現する必要がないからです。
聖徳太子は「和」の概念を発明し、作り出した訳ではありません。
日本人が元々持っていた共同幻想に気付いて十七条憲法(言葉)に表しました。
 聖徳太子は当時では有名な仏教研究家でした。
十七条憲法の第二条には「人々の徳を高める(行いを正す)のに仏教(三宝)が有効である」という意味の事を書いています。
ただ十七条憲法は、あくまで日本人としての指針を書いたもので(仏の教えを説いたものではなく、)仏教は方便として利用したに過ぎません。
僕の想像ですが、聖徳太子は仏教に「カルチャー・ショック」を受けたのだと思います。
それまでに日本人(聖徳太子)が持っていた価値観”以外”の別(外部)の価値観(仏教)との接触によって始めて、和の概念を意識的に認識し言葉(十七条憲法)に出来たのだと思います。

◎今日のお買い物

・平民食堂代(鶏のモモ肉の空揚げ+もやし炒め+野菜のスープ+生野菜1皿+ご飯1皿+バナナ1本)=15.000ドン(約90円)

・さとうきびジュース×2個=4.000ドン(約24円)
  1. 2009/04/18(土) 23:51:12|
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カーツ大佐のように

トゥさんが、まだ寝ている僕を起こして「今朝の8時に大家さんが家賃を取りにくるのよ!」と言いました。
「家賃って、今月の初めに3百万ドンも渡したのに?」と聞くと「あっ、あれは、パソコンのお金だと思って、もう使ったのよ。」と言いました。
今月、トゥさんは新品のDVDプレイヤーとDVDソフトを沢山買って来ていて、僕はドコにそんなお金があったのか?と思っていたのですが、それは僕の(渡した)お金だったことにやっと気付きました。
パソコンのお金と言うのは先月、トゥさんが「いつも、イノが私のパソコンを仕事に使っているから私が使いたい時にパソコンが使えない」と言いました。
それで、僕は「来月にこの(トゥさんの)パソコンを買い取るから、そのお金でもう1台パソコンを買えばいいんじゃないの?」と言いました。
パソコンは買った時点では、ただの箱で、仕事で使えるようにするには、ソフトをインストールしたり、いろいろ調整が面倒だったりします。
トゥさんは実家にある妹のパソコンが使えるので、どうしても必要というわけではありませんでしたが、ボロ・アパートに居た頃にパソコン屋の兄ちゃん(兄ちゃんというのは、僕が4年前サイゴンに来た翌日、始めて入ったパソコン店の従業員です。)から何を思ったのか?中古のパソコンを3百60万ドンで買いました。
そのパソコンをトゥさんはたまにしか使わないので、僕が勝手に使っていました。
ところが今月の入金(2月分の売上)がいつもの月より少なかったので、「パソコンのお金の残りの分は来月に払うよ」と言って家賃とパソコンのお金の内金として合わせて3百万ドンを渡したつもりでいました。
トゥさんは、その3百万ドンはパソコンのお金で、家賃はまた別にもらえると考えていた様でした。
僕は仕方がないので、ATMでお金を下ろしてこようと思い、裏口に行くとドアに南京錠がシッカリとかかっていました。
その南京錠は僕が、かなり以前に買って来たものですが、最初に4つあったキーの内の3つを失くしてしまい今、キーは1つしか残っていません。
裏口は、ほとんど僕しか出入りしないのでドアには南京錠の金具部分を引っ掛けただけでキーは南京錠に付いたままのはずでした。
トゥさんに「裏口のドアに南京錠がかかっていて、しかも南京錠のキーがドコにもない!」と言うと「イノが夜中にこっそりと遊びに出掛けないように裏口のキーは美容師のオネーチャン達が管理することになったのよ。」と言いました。
僕は、いつの間にそんなシステムが出来上がっていたんだ?と思いました。
それにしても、僕には「日本の恥」というものを自らの存在をもって世界に知らしめるという義務があるのに遊びに行っちゃダメだなんてヒドイじゃないか!と思いました。
それで南京錠のキーを取り返しに、美容師のオネーチャン達の部屋に行くと美容師のオネーチャン達の他にもう1人、僕の知らないセクシーなオネーチャンが寝ていました。
僕はトゥさんに「た、大変だ!美容師のオネーチャン達が一匹増えた!」と報告に行きました。
トゥさんは「そうよ、2人より3人の方が、1人分の家賃が安くなるでしょ。」と言いました。
 元々この家には僕とトゥさんが住んでいたのですが、「部屋があまっていてもったいない」とトゥさんが間取りと家賃を半分にして新聞に3行広告を出しました。
その日は朝から、トゥさんの携帯電話は鳴りっぱなしで、切っても切っても次々と問い合わせの電話が架かってきました。
トゥさんは「午前中だけで、100件以上の問い合わせの電話があった」と言いました。
多分、トゥさんは家賃をいくらに設定したらいいのか?がよく分かっていなくて、単純に今の家賃を半分にして広告を出したのですが、相場よりかなり安い値段だったのだろうと思います。
昼過ぎになるとトゥさんは電話に出るのが面倒になったのか?携帯の電源を切ってしまいました。
その日、ある夫婦が「住みたい」と言ってやって来たのですが、トゥさんは「もう、入る人は決まったから」と言って断ってしまいました。
僕は「お金(家賃)を払ってもらえるなら、あの夫婦でもいいんじゃないの?」と言うとトゥさんは「あの夫婦は北部の人(バッキー)よ、ケンカになったら勝てないでしょ!」と言いました。
僕は、あぁ!そういう基準があったのか!と思いました。
その後に、やって来たのがメコンデルタ出身の「ワン」と「ハン」と言う名前の美容師のオネーチャン達でした。
当初「ワン」と「ハン」は、僕を呼ぶのに「イノ」と言う発音が言い辛らそうだったので、僕は「ドンキーと言う名前はどうだろうか?」と聞きました。
ワンは「ドンキーはとっても言い易いけど、なんか犬みたいな名前ねぇww!」と笑いました。
僕は、ここが日本だったら、あんた(ワン)の方がよっぽど・・・と思いましたが、いきなりケンカになってもマズイので言いませんでした。
2人は美人タイプですが、2人とも痩せていてあまり色気みたいなものが、ありません。
「ワン」と「ハン」に比べると新しいオネーチャンはボッチャリ系で、いい感じです。
僕は(あのボロ・アパートにいたネズミ達のように)このまま美容師のオネーチャン達が増殖していって、もしも僕が将来、大金持ちになったら(「地獄の黙示録」のカーツ大佐のように)この家に「ハーレム」を築けるのではないのか?というひそかな期待を胸にATMに向かいました。
ATMでお金を引き出そうとすると、お金が出てきません。
僕の家の近くのATMは月末や月初めは問題ないのですが、月の中位になると時々、言う事を聞いてくれないことがあります。
1区のATMに行けば確実なのですが、8時までに時間がありません。
家に戻り、トゥさんに「ATMが僕の言う事を聞いてくれない!」と言うと、トゥさんはお父さんにお金を借りに実家へ走りました。

◎今日のお買い物

・平民食堂代(鶏の内臓の煮物+空芯菜炒め+野菜のスープ+レタス等の生野菜1皿+ご飯1皿+バナナ1本)=12.000ドン(約72円)

・さとうきびジュース×2個=4.000ドン(約24円)
  1. 2009/04/17(金) 23:50:35|
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