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★べとなむ電脳生活日記★ アダルト・アフィリエイトで海外移住♪

エロいサイトのアフィリエイトをしてサイゴンで生活しているフリー浮浪者donkyの暇つぶしに書くブログ!

今夜のおかず

近所の雑貨屋が僕が住んでいる家の玄関に引っ越してきたので、
まるで自分の家の冷蔵庫のようにジュースやアイスクリームなどがパンツ一丁で買って来れるのでとても便利になりました。
昨夜も雑貨屋で500ドンのアイスクリームを握り締めていると、近所のおばさんが綺麗なオネーチャンを2人連れて買い物に来ました。
そのおばさんは先日も僕が部屋で仕事をしている時に突然やって来て、いきなり僕の胸やアソコをさわり始めました。
おばさんは「近所にエロいオネーチャンが居るバーがあるから、テンが仕事に行っている今のスキに遊びに行かないか?」と言いました。
僕が近所のエロいオネーチャンが居るバーで遊ぶと、おばさんにバックマージンが入る仕組みになっていると思うのですが、僕はまだ仕事が残っていたので、断ろうと思いました。が、おばさんのテクニックがあまりにも素晴らしかったのでそのままにいていたらイッてしまい、おばさんに「もう、出ちゃったから遊びに行けない」と言うと、その日はおばさんは諦めて帰りました。
昨夜、雑貨屋に来たおばさんは、僕に「オネーチャンのどちらかを買わないか?」と言いながら、また僕のアソコをさわり出しオネーチャン達がニコニコしながら見ています。
僕は非常に悩みましたが、よく考えると僕がそのオネーチャン達を買うと同時に大家の娘とか近所の人とかから120%の確立と速度と内容でテンに伝わるので、
こんな綺麗なオネーチャンが立ちんぼ並の値段で買えるという話を涙をのんで断りました。

玄関に引っ越してきた雑貨屋がほとんど僕の唯一の外出先であった為に、僕はまったく家から出る機会がなくなってしまいました。
よく考えたら、僕がサイゴンに着た半年位前は毎日のように地図を片手に自転車に乗り街中を徘徊していました。
初めてのサイゴンでしたので、それだけでいろんな発見があって楽しかったのですが、ADSLが繋がりテンと住むようになってからは、
外出といっても近所の公園にテンと散歩に行く程度になってしまい、いつのまにか自転車で無目的に街を徘徊するようなことがなくなりました。
その為か、大家さんの娘が「イノは最近、また一段と太った!」と言いました。
「それは、あんたがいつもご飯を大盛りにして持って来るからだ!」と言いたかったのですが、どうも大家さんの娘の話は「イノは部屋でネットばかりしていないで、
近所に有料のスポーツ施設があるから、そこのプールで泳いできたら少しは痩せるんじゃないの?」というものでした。
そこで、プールはお金がかかるので却下ということにして、ダイエットも兼ねて再び自転車で街を徘徊してみようと思い立ちました。

僕はレタントンから引越した時に当時、大家さんから借りていた自転車を20万ドンで買い取りました。
ベトナム製か中国製のボロボロの自転車で、僕が「20万ドンで買う」と言ったら大家さんは大喜びでした。
もう少し出せば新品の自転車が買えるのですが、20万ドンの投資はムダではないと考えました。
というのは、そのボロボロの自転車に乗って買い物に行くと何故か?全てのモノが現地価格で買えてしまうからです。
ベトナム人は何故か?めいっぱいの格好をする習性があるので、僕にとっては好都合です。
どこかの国のように腹巻に甚平のおじさんが実は大金持ちみたいなことはメッタにありません。
僕は外国人だからという理由でボラれるのが嫌いなので、その為には、いかに貧乏に見せ掛けるかが必須となります。
そういえばプノンペンにいた頃、近所に住んでいた乞食の少年は夜に友達と遊ぶ時には”昼間の仕事ルック”とは違い、友達と同じような普通の服装をしていました。
僕のボロボロの中国製の自転車は貧乏を演出するための最強のアイテムになりました。
買い物に行くときは腕時計は付けず、ポリ袋(セカンドバックではなく)を持ち、安物の白サンダルを履いて、値段を聞き出すまでは寡黙なベトナム人を演じられれば完璧です。

早速、自転車に乗り徘徊を始めたのですが、オンボロなだけにブレーキの調子がイマイチです。
小手先の修理でごまかすのも限界が来たのかなぁ?と思い、ブレーキ自体を付け替えようと考えました。
それで自転車の修理屋を探し回ったのですが、ベトナムの乗り物はバイクがメインなのかバイクの修理屋しかありませんでした。
それで1件のバイクの修理屋に入り、兄ちゃんに「コレ(ブレーキ)を直したいんだけど、、、」と言うとブレーキの金属ヒモを持って来て「2000ドン」と言いました。
僕が「直してくれないの?」と言うと「ここはバイク店だから、、また夜においでよ!」と言いました。
なぜ直してくれないのか?よく分からなかったのですが、多分いそがしかったんだろうなぁ?と思いました。
少し行くと玄関先で自転車を直しているオジサンがいたので、オジサンに「ブレーキが効かないんだけど、、、」と言うと、なんだコイツは!という目でにらまれました。
オジサンをよく見ると、とても怖い顔をしていたのですが、僕の自転車を見て「このヒモがボロボロだから、ブレーキが効かないんだよ!」と言いました。
僕は先程バイク屋で買った新しい金属ヒモをポリ袋から取り出して「コレに付け替えてよ」と言うとブレーキを直してくれました。
修理代の交渉をしていなかったので、この怖い顔をしたオジサンに「100万ドン出せ!」とか言われたらどうしようと思ったのですが、オジサンは何故か?「お金はいらない」と言いました。
オジサンは「お前は中国人か?」とかいろいろ話しかけてきて怖い顔だけど悪い人ではなさそうな感じでした。
よく考えるとオジサンは、仕事で自転車の修理をしていたのではなくて、たんに自分の自転車を家の玄関先で直していたら、知らない外国人(僕)が突然にやって来て「僕の自転車のブレーキを直してよ」と言われビックリしただけでのようでした。
それでもタダというのも申し訳ないと思い2000ドンをあげると、うれしそうでした。

このブログが、いつのまにかアダルト・カテゴリーに変更になっていました。
アダルト・カテゴリーのスレッドに”今夜のおかず”というジャンルがあったので、ご飯の写真を撮った時は、”今夜のおかず”スレッドに投稿することにしました。

bo

牛肉を何かの葉でまいたボー ラー ロット(手前右側)と魚の煮物(僕は魚が苦手なので、代わりに焼き豆腐が入ってます)とバナナの花のサラダのゴーイ ホア チューオーイ(奥右側)です。



写真に撮ることを忘れて先に胃の中に入ってしまうので、なかなか毎回ご飯の写真を撮れません。




ベトナム風チャーハンです。昔、スワイパーの食堂のおばちゃんは「コム・サオ」と呼んでましたが、大家の娘は「コム・チン」と言います。
違いがよく分かりません。
  1. 2006/03/27(月) 17:10:55|
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近所の雑貨屋

テンがアダルト・ライブチャットのバイトを始めたので、テンのバイト中はネット回線を取られてしまい自分の仕事が出来なくなってしまいました。
仕方がないので、テンがアダルト・ライブチャットをしている間はメモ帳に日記をでも書いて時間を潰そうかなぁと思います。

テンがバイトしてる時間はヒマなので、僕はいつものように近所の雑貨屋にアイスクリームを買いに行こうと思い、ベランダから通りの向かいの雑貨屋を見ました。
雑貨屋の娘が居ないとアイスクリームを買うだけの為に、かなり待たされたりするので、いつも雑貨屋の娘の存在を確認してから買いに行くのですが、
今日は何故か?雑貨屋のシャッターが半分閉まっていて店内が薄暗い状態でした。
部屋のベランダから店内をよく覗いて見ると雑貨屋のオバチャンや僕の部屋の大家の娘達がカラの棚を掃除しているのが見えました。
そして近所の人達が雑貨屋の荷物や棚を運び出していました。
それで僕は雑貨屋が店をやめることにしたことに気付きました。
きっと安い商品しか置いてなかったから、あまり儲からなかったんだろうなぁと思いました。
それにしても、日常消耗品の全てをその雑貨屋に依存していた僕は困ったことになりました。
こんなことになるのなら、僕が安いアイスクリームとかばかりじゃなくて、もっといろいろ買ってあげれば良かったなぁと思いました。
仕方がないので、少し離れた所にある駄菓子屋までアイスクリームを買いに行くことにしました。
僕は大家の家の3階に住んでいるので、外出の際は階段を下りて大家の家の居間を通って玄関から外に出ます。
それで、1階の居間に行くとソファーに雑貨屋の娘が座ってました。
雑貨屋の娘も、店を閉めることになったのでヒマで遊びに来てるんだろうなぁと思い玄関に出ると、玄関の様子が一変していました。
元からあったのは僕の自転車くらいで玄関が綺麗に片付いて居て、なんと大家の家の玄関が”雑貨屋”に変身していました。
雑貨屋は閉店したのではなく、大家の家の玄関に移転したのでした。
いつものアイス・ボックスもちゃんと置いてあって、僕が500ドンのアイスクリームを物色していると雑貨屋の娘が来て売ってくれました。
雑貨屋の娘が「テンちゃんにもアイスクリームを1つ買っていってあげたら?」と言いましたが、テンは贅沢なのでベトナム製の安っすい手作りアイスクリームは食べません。
テンは「私はスカイガーデンに売っている雪見大福みたいな高級な日本や韓国製のアイスクリームしか食べないのよ!」と言います。
  1. 2006/03/05(日) 14:16:18|
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チェンさんの首

ヤンゴンからプノンペンのアパートに戻って来てしばらくした頃、向かいの部屋に住むオネーチャンがドアをたたくので、何だろう?と思い、ドアを開けるとオネーチャンが興奮した表情で「私は見た!」と言いました。
オネーチャンの用件は、アパートの前で人が撃たれて殺されたのを目撃して、もう一度どうなったのかを見に行きたいのだけど、一人で行くのは怖いので僕に一緒に行って欲しいということでした。
そういえば、オネーチャンが来る少し前に5、6発の銃声が聞こえました。
僕がプノンペンに着出した最初の頃は、毎晩のように銃声が響いていて、置屋からお持ち帰りしたオネーチャンによく「危ないから、銃声が聞こえても窓から顔を出して覗いちゃダメよ!」とか言われたりしていました。
その頃は、だいぶ平和になってきていたのと向かいのオネーチャンはプノンペンに来て日が浅かったこともあり、人が撃たれるのを見たのは始めてのようでした。
仕方がないのでオネーチャンと死体を見に行ったのですが、すでにアパートの前の道路は車も通れない程の人だかりが出来ていました。
オネーチャンの話では、かなりハデに殺された様子でしたが、僕とオネーチャンは殺された人の死体を見るのを諦めて部屋に引き返すことにしました。

そんなことがあったある夜、僕はいつものようにネタを仕入れて帰って来て、一服しようとしていると部屋のドアをドンドンと叩く人がいるので、ドアを開けるとスーツを着た血走った目の知らない男が2人居ました。
2人は中国語で「お前がチェンか?」または「チェンを知らないか?」(中国語なのでよくわからなかったのですが)みたいな事を言ったように思えました。
チェンという単語を何度も言っていることだけはわかりました。
僕は「私は日本人だけど、、、チェンは知らない。」と簡単な英語で言うと、というか中国語がまったく通じないことがわかると、2人の男はあれれっ???みたいな表情で帰って行きました。
僕は、こんな熱い国でビシッとスーツを着た人を久しぶりに見たなァ、と思いました。
それにしても(アパートは夜になると玄関の門が閉まるので、カギを持っているここのアパートの住人以外は入れないはずなのですが、、)2人の男はこんな夜中にどうやってアパートに入って来たんだろう?と思いながら寝ました。

翌朝、目を覚ますと天井でザーザーァと水の流れる音がするので、雨も降ってないのに
何だろうと思い通路に出て見るとアパートの大家さんが屋上に上がりホースで水をまいていました。
向かいのオネーチャンの部屋のドアが開いていたので、オネーチャンに「大家さんがめずらしく屋上の掃除をしてるよ!」と言うと
オネーチャンが「昨夜、チェンがあなたの部屋の上でチャイニーズ・マフィアの殺し屋に首を切られて殺されたのよ」と言いました。
僕が「チェンって僕の隣の部屋に住んでいた中国人?」と聞くと「そうよ、イノ、本当に何も知らないの?」と言いました。
僕はアパートの一番奥の部屋に謎の中国人が住んでいる事は知っていましたが、一度も顔を見たことはありませんでした。
顔を見たことのある向かいの部屋のオネーチャンは「イノに良く似ている」と言ってました。
謎の中国人チェンは、部屋に入ったまま、おそらく入居以来一度も外出することはなかったのではないかと思います。
タマに2階のカンボジア人のオネーチャンが食事を運んで来ているのを見たことがありした。
僕の住んでいたアパートの住人はみんな洗濯モノを自分の部屋の前の通路に干すのが普通でしたが、チェンの部屋の前に洗濯モノも干してあったことも部屋の窓が開いていたこともないので、その頃チェンの部屋はきっと外部の人からは誰も居ない部屋に見えていたのではないかと思います。
向かいのオネーチャンが「今朝早く、カンボジアの警官が沢山来てチェンの首の無い死体をイノの部屋の前を担いで運んで行ったのに全然気付かなかったの?」と言いました。
僕は寝ていて、まったく気づきませんでした。
それで「首無しってチェンの首から上はどこにあったの?」と聞くとオネーチャンは「知らないわ!」と言いました。
大家さんが屋上からホースや掃除道具を持って降りて来たので、大家さんに「チェンの首はどこにあったの?」と聞くと「警察がアパート中を捜したけど見つからなかったよ」と言いました。

そういえば以前、香港ホテルとフィーバー・ホテルが連続して爆破される事件がありました。
後日、使われた爆弾は軍しか持っていないはずの火薬が使われていたという話を聞きました。
その頃、僕は偶然キャピ2に泊まっていて、香港ホテルの爆弾が爆発した時は寝ぼけて、近くにカミナリでも落ちたのかなぁ?と思いました。
爆音で目を覚ました僕はキャピの隣りのネットカフェに行き、「プノンペンあやしい掲示板」にウフフな書き込みをしていると今度はフィーバー・ホテルに仕掛けてあった爆弾が爆発しました。
もちろん、その時は何のことか分からず爆音がしたので外を見るとネットカフェのオネーチャン達の「キャー」と言う叫び声と共に、爆風が土煙を巻き上げて前の通りを駆け抜けていくのが見えました。
また内戦でも始まったのかなぁ?みたいなことを考えながら、お腹がすいたのでツーちゃん食堂に行き、そこで爆破事件を知りました。
香港ホテルに泊まられていた方が「ホテルの従業員に外に出るように言われ、部屋に荷物を置いたままだったから、荷物はみんな吹き飛んじゃった。命があるだけマシだけど。」みたいな話をされていました。
フィーバー・ホテルは対処はなかったのか、宿泊客の何人かが無くなられました。
ご飯を食べた帰りに香港ホテルの裏を通ると爆破で出来たガレキの山で子供達が楽しそうに遊んでいました。
その事件から1週間程してフィーバー・ホテルの近くのレンタルCD屋の屋根に爆破で吹き飛んだ男性の死体が引っ掛かっているのが見付かったりしました。

それで、大家さんが「チェンの頭が見付からない」と言うので、僕は近所の家の屋根にでも引っ掛かっているんじゃぁないか?と思って見渡して探しましたが”チェンさんの首”はありませんでした。
向かいのオネーチャンが「きっと、チェンを殺したチャイニーズ・マフィアが”チェンの頭”を(戦利品として)持ち帰ったのよ!」と言いました。
  1. 2006/03/05(日) 14:07:34|
  2. 魔都プノンペンの思いで|
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